覚せい剤取締法違反事件の上告審の判決で、最高裁が「裁判員制度は憲法に違反しない」とする初めての判断を示した。
裁判員制度が司法改革の柱として導入されて2年半になる。この制度は「国民の司法参加」「裁判への市民感覚の反映」という理念に沿った形で定着しつつあり、「合憲」は自然な判断だろう。
被告側は、憲法には裁判員制度の明文規定がなく、公正な裁判を受ける権利を侵害するなどと主張していた。これに対して判決は、「憲法は国民の司法参加を禁じていない」と退けた。
もちろん、合憲だからといって現状のままでいいというわけではない。見直すべき課題のひとつは、裁判員に罰則付きで課せられている守秘義務のあり方だ。
個々の裁判員の主張やプライバシーに関する内容は明らかにすべきでない。だが、制度をよりよくしていくためには審理のやり取りについて、より詳しい情報を国民全体で共有する必要がある。
裁判官は裁判員にどういう働きかけをしたのか。審理のための助言や時間は十分だったか。裁判員はどんな場面で悩んだのか。経験者の「生の声」が制度の欠陥を見いだし、改善につなげていくための重要な材料になる。
複雑な事件では、裁判の期間が数十日に及ぶ例も出てきた。裁判員自身の負担軽減に加え、職場など周囲の理解が一層欠かせない。裁判の期間短縮は、審理を十分尽くすことと相反する面があり容易でないが、知恵を絞りたい。
被告の責任能力を争ったり、被告が犯行を否認したりしている事件では、裁判員の心理的負担が大きい。裁判員が心のケアを求めた場合の対応を充実すべきだ。
先月末、大阪地裁で死刑判決が言い渡された放火殺人事件では、絞首刑の残虐性が争われた。裁判員裁判は市民が直接死刑と向き合う制度である。死刑をめぐる情報の積極開示はもちろん、死刑制度の是非まで含むような、大きな視点に立った議論も必要となろう。